ゆんたく・徒然 奥の深い沖縄。その沖縄をもっと知りたいヤマトの人々、
古里沖縄をあまり知らないと”ウチアタイ”するウチナーンチュ。
そんな方のお役に立てたらと願う、「青春」を謳うナイチャー、
NPOの一員です。

ゆんたく・徒然 ( 沖縄キーワード )

 

急ぐ道よどで 見るほどもきよらさ 内兼久山(うちがにくやま)の はじのもみじ

琉歌 神村親方作 

四季の豊かさを誇ることは難しい沖縄にあっても、秋のキーワード「紅葉」は味わう事が出来るというこの歌は、“急ぎの道中でも内兼久山(那覇市久米)のはじの木(漆科の喬木、「はぜ」とも)の紅葉は足を止めて眺め入ってしまう”という意の素朴な歌です。

ヤマトンチュの皆さん!沖縄の「三大キーワード」といわれる「命どぅ宝」、「行逢りば兄弟(いちゃりばちょうでー)」、そして「万国津梁(ばんこくしんりょう)」はご存知ですか。

「命どぅ宝」は、ヤマトのやや軽い「命有っての物種」という諺を少し深刻に表現したと思って下さい。この言葉の原典は「銭と命は右左」とか「命どぅ宝どぅ、銭金は二番どぅ」だそうです。なぜ「命どぅ宝」が沖縄を代表する言葉になったのでしょうか?それは今次大戦時、銃後にあった沖縄島民が戦火に追い込まれ、命の危機に晒されたあの「鉄の暴風」の影響ではないでしょうか。戦場を逃げまどう地獄絵図の中、「命どぅ宝」の黄金言葉(くがにくとぅば)でどれほど多くの人命が救われたかを知る度に、沖縄ならではのこの言葉の重みが心に響きます。2000年沖縄サミットの時、摩文仁の丘でクリントン大統領(当時)は平和を希求するメッセージとして「尚泰王は言った『戦世(イクサユー)も済まち、弥勒世(ミルクユー)もやがて、嘆くなよ臣下、命どぅ宝』」と演説してしまいました。山里永吉氏の創作劇の中の話を史実と勘違いしたクリントンですが、「命どぅ宝」という沖縄キーワードが全世界に発信された画期的な出来事だったと思えば許容できますね。

「行逢りば兄弟」はヤマトの「袖触れ合うも多少の縁」です。「多少」は「多」に意味があると考えていただければと思います。(普通は小に意味がありますが例外は漢詩:夜来風雨音 花落知多少 の場合は多いの意味でしたね・・高校時代の思い出です)この後続く言葉は「何隔(ヌーヒダ)てのあが、語てぃ遊ば」(隔たりなんか無いよ、酒をのんで語り、歌い、踊りましょう)です。ウチナーンチュ同志では使わない言葉だと思います。

沖縄は琉球国の時代、日本や中国、朝鮮、東南アジアの諸国と盛んに交易をしていました。武器を持たず、諸国と友好関係を維持する事に腐心し、蓬莱の国といわれる大航海時代の繁栄が16世紀まで続きました。その琉球国の面目躍如を高らかに謳い上げたのが「万国津梁の鐘」に刻まれた文章です。文中に「以舟楫為万国之津梁」(舟楫:しゅうしゅう=舟と舵即ち舟で物を運ぶ=ことで万国の橋渡しをする、の意味)とあります。この沖縄の理念は21世紀の今も引き継がれています。日本のアジアに開かれた表玄関は沖縄である、その役割を果たしつつ、発展したいと沖縄県は知事室の屏風に鐘の文章を書き綴っています。沖縄サミットの迎賓館の名前が「万国津梁館」と名付けられたのはこの屏風を見た人の応募が採用されたからです。

色々な国の人々と隔てなくお付き合いする心根こそが「行逢りば兄弟」です。「賓旅をおもてなしする」精神は沖縄の尊い伝統です。宮古島にはドイツ商船遭難救助の記念碑があり、石垣島には唐人墓があります。本島でも奥武島や屋我地島に同じような記念碑があります。今夏から始まった台風時の観光客へのボランティア活動は「行逢りば兄弟」そのものではないでしょうか。「行逢りば兄弟」の心は何処へ行ったのかと嘆く声が最近誌上に見えましたが、考え違いをされてるように思います。

旅人や異国の人に対するウチナーンチュの優しさの言葉なのです。さらに言えば、不幸にして「なんでー!」と思われる事があった時は、「他人は自分を映す鏡」と思い直してください。親切や優しさは強要する事ではありません。「袖触れ合うも他生の縁」といいますね。「どんなささやかな出会いであってもそれは偶然ではなく前世で結ばれた因縁なのだから、大切にしなさい」と教えています。一樹の陰、一河の流れ、出合う風景もみな他生の縁なのですね。

最後になりましたが沖縄キーワードを付けた泡盛は瑞泉酒造の「行逢りば兄弟」と、サミット記念の限定品「万国津梁」(完売)だけでした。

 

ウチナー口(沖縄方言)など解説

「鉄の暴風」= 沖縄タイムスが昭和25年に発刊した沖縄戦ドキュメント本の題名。3ヶ月で3500万発の砲弾が打ち込まれた沖縄戦の代名詞として定着している。
「尚泰王」=
明治政府の廃藩置県により琉球王朝は1879年沖縄県となる。王は東京に住み首里城は明け渡しとなった。このラストエンペラーが尚泰王です。
「山里永吉」=
創作劇は「首里城明け渡し」「那覇四町気質」。尚泰王が臣下に惜別の歌を述べる「くだり」をクリントンが引用した。弥勒世とは平和の時代の意味です。
「万国津梁の鐘」=
旧首里城正殿の鐘が正式名。琉球王国が全盛を迎える頃の1458年、時の王尚泰久が造らせました。
「万国津梁館」= 沖縄サミット後国際会議場以外の活用方法が模索されておりました。リゾートウエディングシンボルとして今年度100組の挙式を受け入れる予定。
「唐人墓」= 石垣市街地から観音崎へ向かい観音堂の先にある。1852年英国船乗組の中国人船員380名が叛乱を起こし、一部が石垣島に逃れた。これを島民は匿い、あるいは亡骸を手厚く葬った。1971年現在地に記念墓が建立された。
「ウートートーアートートー」= 沖縄でのお祈りの言葉。恐い目に会った時も唱えると少しだけ気が休まる。自然界に神が宿るアニミズムにはぴったりの御願用語。
「十年熟成秘蔵古酒「万国津梁」」= http://www.zuisen.co.jp/whatsnew/2000/05bankoku/ 参照
鐘に刻まれた文の要部分が紹介されています。「琉球国は南海の勝地にして・・」

  1. 一番の被害となった23号「トカゲ」、追い討ちの「新潟県中越地震」、天災続きの日本列島に呆然としつつも、心よりお悔やみお見舞い申し上げます。
  2. 野外で過ごすベストシーズンの沖縄地方、祭事も多いですし、マラソンも始まります(本島佐敷、与那国、多良間)。昼間半袖、夕方長袖でしょうか。
  3. ビーチとそれ以外の沖縄も知りたい、そんな人には北(本部、今帰仁、羽地内海)をお勧めします。道路案内は不備ですが。ハブには注意です!