ゆんたく・徒然 奥の深い沖縄。その沖縄をもっと知りたいヤマトの人々、
古里沖縄をあまり知らないと”ウチアタイ”するウチナーンチュ。
そんな方のお役に立てたらと願う、「青春」を謳うナイチャー、
NPOの一員です。

ゆんたく・徒然 ( 語り継ぐもの )

 

沖縄で、多分一番寒い季節の2月を迎えました。9日が旧正月、24日は16日祭という後生のかたの正月と行事が続きます。各地の桜祭り、花のカーニバルも賑やかで春ムードは盛り上がっています。座間味島(慶良間諸島)近海では勇壮なクジラのジャンプ姿が御覧になれるシーズンです。ヤマトンチュにとってはさほど感じる寒さではありませんから、足を運ばれては如何でしょうか。

先月のゆんたくは原風景でした。時代の滔々とした流れにたゆたい行く原風景は、そこで生活する人達が作り上げたものである故に、暮らし向きが変われば変化していくのも至極当然ではあります。淋しい限りですが心の映像として大切にとっておきたいですね。

最近よくいわれる「ユビキタス時代」が本格化しますと、例えば道路にはICチップが埋め込まれ道行く人に諸々の情報が伝達されるようになります。沖縄に残る白い珊瑚の道もその風景を失っていく事は悲しいかな容易に想像されます。そういう時代を迎える今こそ私達は、残し置きたくも叶わぬ事象に涙しつつも残すすべを縦横に駆使して努力しなければと思います。その術の一つが「語り継ぐ」ことです。「聞き取り」をして文字にすることも大切です。が、「語り継ぐ」という行為にはとても人間味が盛り込まれ、語ってくれた人の面影(うむかじ)が立ちのぼってくれるのがとても素晴らしいと思います。TVが無い時代は会話が沢山ありました。親が子に、おじいさんおばあさんが孫に、話して聞かせる事はごく普通でした。そんな会話の中に、「昔々あるところに・・・」で始まる昔話や民話、そして怪談もありました。私の例で申し上げますと「履物は夜に下ろすな」(=履き始めは夜はダメ!)があり、いまだにこれは守っています。この禁を犯すと「ぼっこうきょうてい」ことがあると聞かされました。そういえば一つ目の傘のお化けは下駄を履いてましたよね。(私の幼少期の履物といえば=下駄です)。靴下を履いたまま寝ると親の死に目に会えないというのもありました。

昨年夏、偶然に沖縄の民話の世界にいざなわれました。沖縄国際大学遠藤庄治教授が聞き取り調査で集められた民話がインターネットで閲覧できました。「くしゃみとクスクェー」で始まり、「今帰仁城の落城」まで100話あります。子供がくしゃみをした時親が「クスクェー」と叫ぶと子供は無事だという習慣は何故出来たかというのが最初の話で、『赤ん坊をあやめる時にくしゃみをさせる、クスクェーといえば出来なくなる』という悪霊達の会話を聞いた親がその通りにして子供を救ったからだそうです。ウチナーンチュの皆さん、アンマー(お母さん)の顔が浮かびますか?100話の中に、波照間島に伝わる「人魚と津波」の話があります。ジュゴンと津波の話しは沖縄には多いそうです。プーケット島には無かったのでしょうか。津波に限らず先人の経験がジンブン(知恵)となって、愛すべき子孫に伝承されるそんな力が民話にはあるように思えます。

大宜味村出身の大城初子さん、茂子さんの語りを再生した「沖縄の世間話」(新城真恵編:青弓社刊)も興味深く読ませていただきました。ヤンバル方言がふんだんに入った語り口が活きています。生魂(いきだま)やブナガヤの話、「豚を鳴かせて家に入る」教え、湖南丸と梅ちゃんという疎開悲話もあります。余談ですが「一名代」(謝名城)これ読めますか?「てんなす」です。伊芸弘子さんの著「首里の昔話」はウチナーグチとヤマトー口との両方で書かれています。語り継がれる民話、昔話はその土地の言葉で語られるのが最高の幸でしょう。

沖縄にはもう一つどうしても「語り継ぐもの」として大切な事があります。戦争体験を風化させることなく語り継がれることを願う次第です。この気持ちは政治や思想などを遥かにアウスヘーベンした、人としての純粋な平和希求そのものです。体験話を聞き取り調査した本も沢山あります。戦後60年、体験者の方はご高齢になられました。せめての節目ですから契機として、ヤマトンチュの皆さんにも読んでいただけたらと思います。そして平和を願う気持ちはいつも変わらずありたいものです。

 

 

ウチナー口(沖縄方言)など解説

「桜祭り、花のカーニバル」= 当HP最下段のmahae plusをクリックし、沖縄花のカーニバル2005を見てください。
「ぼっこうきょうてい」=
とても恐い、デージトゥルサンの意味。岡山ベンでしょうか?私の古里でもこのままよく使いました。
「クスクェー」=
クスケーともいう。くしゃみをすると合いの手を入れることは多いですよね。幽霊達はこの話のように自分の弱点を吐露するクセがあるようです(『幽霊と枡』という話参照)
「大宜味村」=
東シナ海に面した本島北部。ウンジャミの塩屋、根路銘、大宜味、芭蕉布の喜如嘉などの集落があり民話が生き生きとしてます。
「ブナガヤ」= 赤毛の小動物。キジムナーと同じだと思いますが、地域によって生態が少し違うためか別物という主張もあります。
「湖南丸」=

戦時遭難船舶の一隻で、那覇市若狭旭が丘に「海鳴りの像」という記念碑があります。 → 参照


  1. 沖縄県最長の古宇利大橋(今帰仁村)が、12年の歳月を経ていよいよ2月8日に開通となります。
  2. 「えんどうの花」の作曲者としてよく知られている宮良長包の組曲が話題です。昭和8年の台風で壊滅した八重山のある村の復興へ向けた姿を唄った「嵐の歌、嵐の曲」です。チャリティーを目的にしたそうです。
  3. 「情は他人の為ならず」は「災害は他人事ではない」という言葉と同義語ではないかと、つくづく思うこの頃です。
  4. 「梅は咲いた、桜はまだか」はヤマトの事、沖縄では桜(寒緋桜)が先に咲き、梅が追いかけるようです。来月はオオベニ合歓をお見せできたらと思ってます。

 

 

バックナンバー