ゆんたく・徒然 奥の深い沖縄。その沖縄をもっと知りたいヤマトの人々、
古里沖縄をあまり知らないと”ウチアタイ”するウチナーンチュ。
そんな方のお役に立てたらと願う、「青春」を謳うナイチャー、
NPOの一員です。

波照間島後編

 いよいよ後編、最南端の島に一緒した我等還暦ファイブを紹介しましょうね。波照間行きが4度目の正直となったのはFと私。過去3度も石垣島で、Kの炭火焼石垣牛を食べながら宿のキャンセル、航空券の変更をし那覇に引き返していました。今回お誘いした那覇のガンジューH、現役商社マンSはダイビングに色気を出し「行く、行く」の二つ返事、もう一人は山原ホロホロなど一緒したT、学生時代の友人A氏(千葉県在住)が波照間出身であった事を思い出し、連絡したところ、『民宿たましろ』のオーナー玉城行雄氏とは竹馬の友、「宿泊はOKだよ」、とまあそんな流れで波照間行きをすんなり実現せしめた張本人です。3名は飛行機で、Tと私は「やっぱりでいかなくちゃ〜」と粋がったものです。5人は「たましろ」で落合いましたが、ここは快適さを売りにする一般の宿とは異なり島の平均的住環境と同レベルの家屋で、本来の民宿の姿は斯くありなんと納得。玉城オーナーの人生哲学がにじみ出る得がたい宿です。若い時ヤマトで「ひもじい思い」をした自身の経験から、夕食の量は半端ではありません。「前回泊まった時残したので、胃袋を大きくして今日又来ました。全部食べました」そう自己紹介した若者がいました。(庭のオープンスペースで、皆で食事、そして自己紹介をするのも慣わしです)ちなみに我々は全員残しました。Sにいたっては「明日は盛り付けを半分にしてくれ」と頼みましたが答えは「ノン!」。哲学に裏打ちされた行動は不動です。島の住民から「たましろさんは島にあがる物資を買いすぎだよ」との陰口も何処吹く風です。食事にはあの「泡波」もサービスされて居ます。道行く人の羨望の眼差しが背中に心地よく感じられます。BGMは常連客の山本茉莉さんが作った「たましろプレシャスナイト」♪南風に吹かれゆんたくすれば笑顔に降る流れ星・・ここに来れば皆が暖かく迎えてくれる・・ たましろプレシャスナイト 明日はなんくるないさ♪といった歌詞です。玉城氏の純朴で、慈愛の持てなしがあればこそ、心の隙間風を癒せると若者たちはやって来るのでしょうか。たましろファミリー」と遇される彼等にとって、この場所は「波照間のラビリンス」かも知れません。沖縄人の美徳は『愚直』と言った比嘉春潮氏、『愚直』とは「こざかしさを捨てた、大らかに生きるという『沖縄の心』だと述べた豊平良顕氏、その『愚直』がぴったりのオーナーです。夜の帳が漆黒の闇をつれてくる頃、浜辺で昔ながら(?)の「毛あしび」が開かれました。オーナーは軽トラックで我々を浜まで送り込み、泡波をポンポンと置いて戻っていきました。浜を散策する旅人や島人は太鼓とサンシンの音に惹かれ、泡波を見つけ、人の輪に入ってきます。見上げれば満天の星が光っていました。「毛あしび」を一番長く楽しんだTは、帰ってくるなり「若い女性に道を聞かれたけど、足は見えなかった」と面白半分に報告。確かに真っ暗闇で足元は見えない波照間の夜の闇ですが、ここでTは我々の逆襲にあいます。「訊ねられた民宿、そんなの聞いたことが無いよ、そこってひょっとすると・・ニシハマのシャワー小屋のことでは!」と。Tは数年前の不幸な事件を知りませんでした。「そういえば昼間着替えをしたとき背中が寒かった・・」と絶句。翌朝その民宿が存在する事を知って5人ともほっとしました。波照間の話をすれば必ず登場する思い出話となっています。
 朝焼けが綺麗だとHにたたき起こされ、寝ぼけ眼で見つけた学童慰霊碑や小学校の「星になったこどもたち」の壁画も印象的でした。お一人で生活されているAさんのお母様を訪ねて喜ばれたT、手ぶらの手には泡波の瓶がありました。フクギに囲まれた富嘉集落の鄙びた原風景は心に残ります。世界遺産登録の動きがあるそうです。民宿で話し込んだ若い夫婦の奥さんは「たましろ作法」通り、千切れんばかりに両手を振って見送ってくれました。一期一会は人生のスパイスです。波照間の空は来た日と同じように碧く、茫洋とした島の姿にも「果て」という寂寥感はなく、真夏の太陽が照り付けていました。「南十字星が見える島」、「神の島」と呼ばれる一方で、目の前に見える神秘的な西表島すら南風見田の悲劇を思い出し、涙で霞む日もあるでしょう島の人々は、しかし全てを呑み込んで泰然と、誇りを持ちながら南の島の生活を送られているように感じました。皆さんお達者で!

ウチナー口(沖縄方言)など解説 ※文中敬称を省略しました。お詫び申し上げます。

友人F・・ 日本の最端踏破が目標。最西端「与那国島」は一緒、3年間沖縄出張を共にし彼の役割はナビゲーター、抜群の方向感覚、通った道はパーフェクトに記憶、運転者の私は大助かり。『那覇で一番』と呼んだ愛用のレンタカー(#781)と共に思出は多い。日本の東西南北の端を、波照間で満願成就したので沖縄に思い残しはない。
友人H・・ 一番多く当コラムに登場するご存知首里末吉在住。「ダイバー」「泡盛マイスター」 「サイクリスト」(以上本人の名刺に記載)沖縄マラソンは15回完走のメダルを今年ゲット、各種ボランティア(身障者、ベロタクシードライバー)で活躍中。 波照間でもじっとした時間は無いほど動き回り「泡波」販売中の情報をもゲット。
友人S・・ 沖縄実業界で私の指南役をしてくれる大手商社マン。地元R大時代はドルで奨学金を貰いリッチな生活で勉学に励む。上野鈴本(寄席)の大ファンで酔うほどに出る駄洒落と、熱く語る沖縄展望や歴史認識はとても嬉しい。夜の社交街でも著名人。波照間では山下軍曹よろしく夜陰に乗じ、兵站地誌、民力調査で深更に及んだ様子。
友人T・・ 沖縄ビジネスに引っ張り込んだのは私、その契機はTのA高校(中学)時代の剣道部後輩が那覇で着任中であった事を偶然TVで知った事にある。袖ヶ浦に住み、木更津小品盆栽友の会会長。沖縄で撮影する時、三脚を持ち運んでくれる優しい男。最南端高那崎にも行かず、夕飯までリーフ際の外海で潜り続け魚と戯れ、あのナポレオンフィッシュにも出会ったと興奮しきりでした。
ガンジュー・・ 元気もの。何度も登場したボキャですね
ダイビング・・ H、Sともにショップには不満たらたら。ヤマトンチュの経営か?島の人々の志情とは乖離した儲け主義が目につき、沖縄のイメージを損なう事があります。
ホロホロ・・ 「うろうろする」意味です。でも目つきの悪いうろうろする人の時は使いません。
船・・ 鋼鉄船で30ノットくらい?で走るというより飛び跳ねる。腰の弱い人、要注意
あの泡波・・「幻の泡盛」と呼ばれ島でも入手困難。昭和28年島民共同事業でスタートするも現在は「波照間酒造所」でのみ生産。下記サイトを参照下さい
沖縄県酒造組合連合会HP 
http://www.okinawa-awamori.or.jp/brewery/48.html
富永麻子泡盛倶楽部
http://www.awamoriya.com/content/asako/hateruma/index.html
山本茉莉・・ オフィシャルHP  http://www.geocities.jp/gigiomari/index.html
比嘉春潮・・ 明治16年〜昭和52年。小学校長、県庁勤務をへて上京。柳田國男に師事し沖縄歴史研究に従事する。『沖縄の歴史』などの著作多数、沖縄県文化功労賞受賞
豊平良顕・・ 明治37年〜平成2年。沖縄タイムス会長、沖縄を代表する言論人。
波照間の夜の闇・・ 想像を絶する暗さで自分の手も見えない闇。月が昇り生き返った思い出有。
学童慰霊碑・・ 波照間住民をマラリア猖獗の地西表島南風見に強制疎開させた陸軍中野学校の軍曹は「山下虎雄」、本名酒井清(喜代輔)。これが為マラリアで住民の92%が罹患、3割強の488人が死亡。生徒は52名が犠牲になった。(『もう一つの沖縄戦』資料より)。碑文には「・・山下軍曹の行為は許しはしようが忘れはしない・・」とある。南風見田海岸に「この石を忘れる勿れ」と刻んだ岩があり、記念碑は波照間を向いて建っている。
星になったこどもたち・・ 1993年小学校全児童合作の鎮魂歌。壁画は94年の卒業制作です。
たましろ作法・・ と呼ばれるマナーがある。今日も泊まる人は今日帰る人を見送るなど。
南風見田の悲劇・・ 『学童慰霊碑』を見てください。
後日談1: 同じ月末、新宿伊勢丹で催行された「大沖縄展」瑞泉酒造さんのブースで、奥さんと山本茉莉さんとに再会しました。Tは居なかったので大変残念がっていました。
後日談2: Aさんのお母様に戴いた泡波は大切に持ち帰りましたが、飛行機が那覇に着いた時、Tの席から泡波の香りが辺りに広がり「割れたか?」とビックリ!栓が甘かっただけでした。「幻」とならなくてよかった!

プロフィール

楠 通志
1942年1月生まれ(みずがめ座 O型)。福山市出身、さいたま市在住。
1976年頃初めて沖縄入り。以来本島以外に、宮古島、多良間島、石垣島、与那国島、竹富島、波照間島、伊江島を訪問。自然風景写真を撮っている。
今年の目標は「原風景」に拘った作品作りで必然的に離島へと足をのばす事。伊是名、座間味、久高の各島。本島では山原や東海岸としたい。


シーブン(おまけ)

  1. マイスター協会が3ヵ年かけ133人の泡盛マイスターを生んできましたが、4月から県が「県泡盛マイスター認証制度」をスタートさせることになりました。泡盛マイスターに「公のお墨付き」が与えられるわけです。
  2. 沖縄の貴重な記録写真を残す「写真博物館」設立を目指して、「美ら島フォトセッション」が開催されました。東松照明(バックナンバー「沖縄の原風景No.1」)
    椎名誠、垂見健吾各氏のトークや與那嶺理香さんのバイオリン演奏など桜坂劇場は盛況でした。(http://pasha.uruma.jp/day/20070317/ で沢山見られます)
  3. 今年も例年の如く、寒さを感じる18日に石垣島の海開きが全国に先駆けて行われました。ミス八重山達も寒そうな顔でした。(上記サイトの「翌日」で見れます)
    沖縄本島は24日、あざまサンサンビーチで海開きしました。
  4. 国頭村の与那覇岳、比地大滝、森林公園、など11箇所が森林セラピー基地に、安波村の「やんばる学びの森」の散策コースなど3箇所が散策ロードに、それぞれ林野庁から認定を受けました。これらは森林浴の癒し効果が実証された場所です。
    ヤンバルは海も綺麗ですね。ヤンバルクイナをはじめ大切にしたい沖縄の自然です。

参考文献等

『沖縄人物シネマ』  牧港篤三著   ボーダーインク刊
『でーじな人たち』  しいさあ倶楽部 ボーダーインク刊
『沖縄ひと紀行』   三木 健著   ニライ社刊
『やえやまガイドブック』       南山舎刊
『もうひとつの沖縄戦』※ 石原ゼミナール・戦争体験記録研究会著  ひるぎ社
たましろprecious night  
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife/9454/ityaribar7.html
民宿たましろの事    
http://www.ritou.com/yaeyama/hateruma.shtml
終わらない戦争  
http://www.kt.rim.or.jp/~yami/hateruma/mararia.html