ゆんたく・徒然 奥の深い沖縄。その沖縄をもっと知りたいヤマトの人々、
古里沖縄をあまり知らないと”ウチアタイ”するウチナーンチュ。
そんな方のお役に立てたらと願う、「青春」を謳うナイチャー、
NPOの一員です。

泊港 前編

 皆様、良いお正月を迎えられたことと、お慶びを申し上げます。
お蔭様で「ゆんたく・徒然」は今年3月で満5年、60回(還暦?)となります。
これからも独善的な話題ながら、より一層ディープな沖縄をご紹介出来たらと思います。
ビーチを歩きながらビーチガラスを探し、海を眺めながらサンゴにも思いを馳せる、そんな視点で頑張ってみたいと思いますので、ユタシクウニゲーサビラ。
本島を訪ねた時は、まれに北谷や名護に泊まる事もありますが、サーフーフーで、民家の庭先からこぼれる花々を見ながら歩いて帰る那覇らしいゆとりが持ちたくて、久米にあるO・Wを常宿にしています。もう10年以上になりますかね。少し時間ができると港好きな私は久米から至近距離にある泊港をよく訪ねます。潮風にあたり海と船を見て過ごせるひと時は、素敵なカフェテラスでコーヒーを飲む何倍もの安息が得られる私です。こんな身近な安らぎの場所をナーファンチュの方は忘れていませんか。嬉しい事に泊港は沖縄タイムスのライブカメラで、ヤマトにいても眺める事が出来る場所でもあるのです。
泊の由来は、尚貞王の1700年2月、橋の改修時に建立された碑文で知る事ができます。
『泊村は中山に重要な地で前に入江がある。西北諸島の舟は事あるとき、みなここに停泊する。そこで地名を泊村、橋の名を泊高橋という』
1700年といえばヤマトでは元禄時代ですね。ここで興味深いことがあります。今もここ泊港から船が通う久米島、その島の西銘に現存する上江州家(国重要文化財)が建てられたのが同じ頃なのです。どうも何か繋がりがありそうですね。
現在、那覇港というと通堂町の港を言うのでしょうが、那覇には泊港とその北に那覇新港があって役割を分担しています。泊港は慶良間諸島、久米島、粟国島、大東島に定期航路を開き、南岸の1号岸壁から6号岸壁までがフェリーの発着場で、北岸の7号岸壁は「クイーンざまみ」「マリンライナーとかしき」など高速船の発着場となっています。乗船される方は充分に場所の確認が肝要ですよ。
私の「港の原風景」の一つは尾道(広島県尾道市)駅前桟橋です。波で上下する浮き桟橋をあちこち走りながら自分の乗る船を探した経験があります。泊まった船の海側に並行する形で停船することもあり、1時間に一便の船を見失い地団駄ふんだ苦い思い出も、今では懐かしく、原風景を彩ってくれます。「しまなみ海道」(本四橋第3ルート)が出来て、今の尾道桟橋は小さな島を回る巡航船がわずかながら運航されるだけとなり、とても往事の賑わいを推測する術はありません。
私はいつも若狭通りを走って港ターミナルビル2階の駐車場に車をいれて、あとは道ゆらりです。船員組合のホテルも見つけました。清水市(現静岡市清水区)の船員組合宿舎に泊まった経験がありますので、懐かしさがこみ上げてきました。何もない畳の部屋に大きめの鏡台がポツンと置いてありましたっけ。今はもっと部屋らしくなっているでしょうが。
阿嘉島のヤッシーさんも時々泊の船員組合ホテルを利用されるとか。那覇のネオン街でビーチャーしてホテルまで辿り着けず、路上の褥で一夜を明かした経験を教えてもらいました。離島の皆さんには何かと思い出の多い泊港であるはず、ですね。
みかど橋(泊高橋の下流)の辺りにはブチクンの陽射しを遮ってくれるとまりん野外広場があります。潮風に吹かれながら、冷たいサンピン茶を傾けつつ泊大橋を眺めると、出船入船の大小の姿に流れる時間を忘れてしまいます。
泊高橋の北詰(右岸側)には琉歌の石碑などがあります。北岸の高速船切符売場の背後には外人墓地が騒音を鎮魂歌に変え、白い墓標を抱いています。ペルリ上陸記念碑を見ることも出来ます。歴史を感じさせてくれる場所です。そこを過ぎるとナーファンチュの胃袋を満たす泊漁港で、「泊いゆまち」という漁連市場が併設されています。ここら辺りまでがテクテク歩きのリミットエリアでしょうね。(橋の上に上がる階段もあります)
希望や不安、満足感や失意を織り交ぜながら人間が行き交う港では、海という優しい、或る時は厳しい自然が同居しています。散策がてら訪ねてみてください、心の洗濯が出来る場所だと思います。龍のレプリカもきっと歓迎してくれますよ。
次回は泊の歴史散歩をしてみましょう。

 

ウチナー口(沖縄方言)など解説 ※文中敬称を省略しました。お詫び申し上げます。

ビーチガラス・・ 丸くなった色付のガラス片を探すのはゆっくり時間を過ごせる人の特権です。
サンゴ・・ 木の2倍の炭酸ガスを吸収してくれるサンゴ。今サンゴの植え付け運動が起こっています。チービシ(慶伊瀬島)で植え付けしたHさん、今後もゆたしく。
サーフーフー・・ ほろ酔い状態です、そんな感じが伝わるボキャですね。宮古の或る女性は「意味が判りません」と。さすが「オトーリ」の島の方だと感心しました。
沖縄タイムス・・ http://www.okinawatimes.co.jp/  「ライブカメラ」をクリック下さい。
慶良間諸島・・ 那覇の西海上20マイル前後にある大小20の島で、渡嘉敷、座間味、阿嘉、慶留間、前島(?)が有人島。「ケラマブルー」の海はダイバーの人気です。
尾道駅前桟橋・・ JR尾道駅から徒歩5分。バックナンバー「八重山:竹富島」参照ください。
瞼を閉じれば往時の風景がくっきり浮かんできます。対岸の向島(むかいしま)の造船所側には操業を終え赤錆が出た捕鯨船が沢山留まっていました。
浮き桟橋・・ 干満の差が大きい港は固定岸壁では乗降が出来ませんのでフロート(浮き)方式にします。石垣離島桟橋(旧)が浮き桟橋でしたね。
巡航船・・ 2〜3の島に寄りながら運航される。同じ島でも港は数箇所あります、殆どの港で、ハシケが海上で巡航船に横付けし、人、荷物を積み替えるやり方です。安全上今では考えられませんね。船は大きくて50t、速力はせいぜい6ノット、エンジンは焼玉式です。
♪島から島へと渡っていくのよ・・岬回るの 小さな船が♪(「瀬戸の花嫁」より)
ヤッシー・・ 阿嘉島在住の与那○さんのネットネーム、ウルマックスしまパシャクラブ人
http://pasha.uruma.jp/users/23/27777.html
ビーチャー・・ 泥酔状態ですね。この言葉は八重山(西表島、鳩間島)辺りのものかな。
      少々迷惑をかけますので「くぬ!ビーチャー」と叱られます。
ブチクン・・ 卒倒、気絶ですがそうなりそうな「暑さ」に多用します。
サンピン茶・・ 酒気帯び運転はダメ(本当はオリオンが飲みたい)、結構冷えますし、沖縄ではこれを飲まねば異邦人(違法人)。バックナンバー「お茶三題」に詳しいです。

プロフィール

楠 通志
1942年1月生まれ(みずがめ座 O型)。福山市出身、さいたま市在住。
1976年頃初めて沖縄入り。以来本島以外に、宮古島、多良間島、石垣島、与那国島、竹富島、波照間島、伊江島を訪問。自然風景写真を撮っている。
今年の目標は「原風景」に拘った作品作りで必然的に離島へと足をのばす事。伊是名、座間味、久高の各島。本島では山原や東海岸としたい。


シーブン(おまけ)

  1. 伊江島追伸。 イエソーダにピンクが仲間入りし3兄弟です。アジア予選で 大活躍した巨人の阿部慎之助捕手がハイビスカス祭りで来島、五輪で金メダルの暁には伊江球場に慎之助の名が付くそうです。

  2. 昨年末のビックリニュースはFC琉球(JFL17位)の総監督に「あの」トルシェが就任、でした。これ以上はコメント控えます。

  3. 入域観光客650万を720万人(2011年度)に上方修正です。本当にそうなるの? マンネリに落ちているような心配は私だけなの?!収入は下方修正されています。

  4. 桜まつり、八重岳:1/19〜2/11. 今帰仁グスク:1/25〜2/11.
    この時期、ヤンバル東海岸にも行って下さい。素晴らしさ、新たな沖縄発見があるはず!


参考文献等

「目からウロコの琉球・沖縄史」 上里隆史著  ボーダーインク刊