ゆんたく・徒然 奥の深い沖縄。その沖縄をもっと知りたいヤマトの人々、
古里沖縄をあまり知らないと”ウチアタイ”するウチナーンチュ。
そんな方のお役に立てたらと願う、「青春」を謳うナイチャー、
NPOの一員です。

イトゥマ グイ

今年はユンヂチのある年、例年4月の浜下り(旧暦3月3日)は3月29日です。その頃になると八重山では早くも海開きでしょうか。そのような心浮き立つ時候を迎える時、「ゆんたく・徒然」はこの72話をもって、おいとまを戴く事となりました。

1980年代初頭、沖縄を訪れて以来今日まで、実に色々の事を学び、楽しみ、かつ癒された私です(参照「私の沖縄」各編)。知れば知るほど奥が深く、素晴らしさが増すこの沖縄を、私だけでは勿体無い、沖縄の方を含め皆様にも是非お知らせしたいそんな気持ちがつのり、退職後得た豊かな時間と相俟って03年4月、このコラムは誕生いたしました。

首里三箇の泡盛造りの老舗、万人の知る瑞泉酒造さんのホームページに掲載させていただける身に余る光栄に、心が熱くなった事を昨日の事のように思い出します。

「ゆんたく・徒然」と名付けた当コラムは本土の人と沖縄の皆さんと両方に語りかける内容とし、ありきたりの観光案内は避けました。「風さらめけば」を例にとれば、那覇空港に降り立った時、頬を撫でる沖縄独特の空気感をまず感じ取って貰いたいとヤマトンチュにアッピールし、名嘉睦念氏を挙げた裏には、「氏の版画を印刷したポストカードで手紙を出せば本土では喜ばれますよ」というウチナーンチュへのメッセージを潜めました。一話の中でヤマトンチュへ、ウチナーンチュへとボーダレスに展開しましたから、「話し相手はどっちなの?」とTさんから早速指摘されました。確かに二兎を追うが故、難解なゆんたくになってしまったようです。

決して大勢とは申しませんが、色々の方からお便りやらを戴きました。『拝見していますよ』と折々の手紙に必ず一筆添えて下さった郷里のHさん。『ひめゆりの朗読劇にゆんたく写真館の写真を拝借したい』といわれた関東のOさん。『伊是名に是非行ってください、原風景がありますよ。今後のゆんたくを楽しみにしています』と言われたのは伊是名島出身のMさんでした。『写真館の写真を見て、日々の疲れがスゥッと消える気がして癒されます』とか『ブチクンという言葉を憶えました』など「おもろん広場」に書いて下さった方等など、そんな皆さんに励まされて、気持ち良く続けてまいりました。

那覇の友人達からは折々情報を貰いました。長年「コーラルウェイ」郵送の労を願っているAさんの、影絵で遊んだ台風の思い出話(「台風」)は印象深く、また時々感想も聞かせて貰えました。 『食べた事はありますか?』とアチコーコームーチーを数枚の写真と一緒に送って下さったCさんは世事に明るく、OTV「郷土劇場」で「泊阿嘉」が放映されていた事を教えてもらったり、飲み会では故遠藤教授の思い出を語ってもくれました。

「山原ホロホロ」を読んで「田舎のおばぁを思い出し顔を見に出かけた」と言ったAkさんや、見過ごしていたゴールデンシャワーを再認識したKさん達、ウチナーンチュの皆さんの豊かなレスポンスや感想も私にとっては何よりの栄養となりました。

素晴らしいハプニングもありました。私の定宿のマネージャーKさん、当コラムのミャークフツ監修を願ったB出版社勤務のKさん、宮古島出身のお二人をビーチパーティーにお招きした時、何とお二人の実家は塀を挟んだお隣さん同志で、ビックリ仰天、久々の再会と相成ったのです。「あっ、Yネーサン!」とマネージャー。旧姓で呼ばれたKさんいわく「半ズボン姿しか思い出せない彼がよくぞ私の顔を覚えていてくれたもんだ。大人になったなぁ」。こんな出来事に望外の喜びを感じた私です。

あんなし、かんなしの充実した6ヵ年を振り返れば一話一話に思い出は尽きません。
瑞泉酒造佐久本会長(現)さんはじめ社員各位、ゆんたくに登場いただいた皆さん、そして気の置けない飲み会の仲間達、那覇の友人S、Hさん、ヤマトのTさん、ありがとう!心からの謝意を申し上げます。皆さんあってこそ出来上がったコラムです。

「島の人達は別れの桟橋で誰一人としてさよならの言葉を口にしなかった」(森口豁:「子乞い」)そんな沖縄のチムジュラサンに倣い私は今、静かに息を吐きながらゆんたくの舞台から去りたいと思います。

イッペーニフェーデービタン アンセーマタヤーサイ ダンジュカリユシ

「ゆんたく・徒然」をご愛読いただき、誠にありがとうございました。

また、長きに亘り暖かい眼差しで沖縄の地域・文化を愛し、紹介してくださいました楠様に厚く御礼申し上げます。
これからも変わらぬご愛顧の程 よろしくお願いいたします。

2009年3月1日
瑞泉酒造株式会社


ウチナー口(沖縄方言)など解説 ※文中敬称を省略しました。お詫び申し上げます。

イトゥマ グイ・・ 「暇乞い」 見通しがあるわけではありません、でもまた皆様にお目にかかれる日があったら嬉しく思います。その日までお暇申し上げます。
ユンヂチ・・ 「閏月」 今年の旧暦は5月が2度あります。閏5月と呼びます。
コーラルウェイ・・ 人気No.1のJTA機内誌。隔月発行。生意気ですが結構意識していました。先に書かれて「アキサミヨー」、先に書いて「シタイヒャー」と一人相撲。
アチコーコー・・ 「出来立てのほやほや」 ウチナーンチュが大好きでよく使う言葉です。
ムーチー・・ 「鬼餅」 くるんだ月桃の葉の香が沖縄そのものです。縛る紐の素材で作った人の年代が判りそうです。(荷造り紐もありそうです)
ゴールデンシャワー・・ 本格的夏を迎えると黄金色の、藤のような房の花が咲きます。HP表紙に使った為写真館にはありません。
ミャークフツ・・ 宮古島の言葉です。パニパニ(元気)と山原のパープキャー(嘘だぁ!)似ているのが不思議。お蔭様で宮古のゆんたくは多かったと思います。
あんなしかんなし・・ あんな事をしたりこんな事をやったり色々あったなぁ〜と感慨を込めて。
チムジュラサン・・ 心の美しい様をいいます。「美ら島、美ら肝(チム)、美ら姿(カーギ)」なんて言います「チュラ」も「ジュラ」も美の読み方ですね。好きな言葉です。
ダンジュカリユシ・・

「幸多かれ」と祈る言葉です。


シーブン(おまけ)

  1. 首里城正殿は今年4月から来年7月までお化粧直しが行われます。見学は従来どおりOKということですが、写真に収めたりは支障があるかも知れません。建造物はメンテが必要ですから仕方ありませんね。
  2. 昨年暮れにゆんたくした、沖縄ベロタクシーが近々発売のプレイステーション3の「龍が如く3」に登場します。実際にベロに乗った感覚で楽しめるそうです。既に国際通ではCMベロが走っています。
  3. ホテルラッシュの本島です。7月までに8ホテル1800室が営業開始だとか!不景気で観光客の減少(同時多発テロの「だいじょーぶさー沖縄」頃並)が心配されていますが。
  4. ひめゆり学徒隊の集団自決があった南部糸満市荒崎海岸で第1高女の校章が発見されました。64年が経過しています。彼女達の誇りであった校章は無言で戦争の悲劇、生徒達の無念の思いを語っています。

プロフィール

楠 通志
1942年1月生まれ(みずがめ座 O型)。福山市出身、さいたま市在住。
1976年頃初めて沖縄入り。以来本島以外に、宮古島、多良間島、石垣島、与那国島、竹富島、波照間島、伊江島を訪問。自然風景写真を撮っている。
今年の目標は「原風景」に拘った作品作りで必然的に離島へと足をのばす事。伊是名、座間味、久高の各島。本島では山原や東海岸としたい。


 

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沖縄の原風景 No.1
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沖縄の花(その2)
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沖縄の原風景No.2
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山原ホロホロ(前編)
山原ホロホロ(後編)
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八重山:白保
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